第10回 クレームの文言を明細書中で広く定義しすぎたために拒絶された事例


In re Bass (12月17日判決)


[本件のポイント]

 明細書に定義されたクレームの文言は、後でその定義を変更することはできない。


[背景]

 本件は、Bassが所有するフィッシングボートに関する米国特許(US PatNo.4,473,026号)に対し、第三者が再審査を請求行い、特許の有効性が争ったケースである。再審査において審査官がその特許のクレームを拒絶したため、Bassは審判部にアピールしたが、審判部は審査官の拒絶を支持したため、BassはCAFCに控訴したのが本件。


[CAFCの判断]

 本件で問題となっている特許のクレームには、「motorized sports boat」という文言が限定されていた。また、明細書中には「motorized sports boat」とは「ボートはキャビンを有し、約20〜50フィートである。」として、「motorized sportsboat」を定義していた。

 これに対し、引用された文献には、「ボートが記載され、そのボートはキャビンを有し、その長さが約20〜50フィートである」点が開示されていた。しかし、その文献に記載されるボートには魚の保持部が設けられていたため、Bassは、その文献に記載されるボートはスポーツボート「Motorized SportsBoat」ではないと主張した。

 しかし、CAFCは明細書において、Bassは以上のように「motorized sports boat」を定義することを選んでおり、その定義を後に(アピールで)変更することはできないとし、Bassの主張を認めなかった。また、他のクレームの文言解釈についてもBassの主張を認めることはできないとし審判部の判断を支持した。

 本判決では、Reissueのsubstantial new questionの問題が議論されているが、今回の法改正において、Substantial New Questionの考え方が変更されているため、この点については割愛させていただいた。


[筆者コメント]

 本件は、「クレームの文言が広く解釈されえるようにするため、明細書でそのクレームの文言をできるだけ広く定義することで権利範囲を広く取れるはずであるという考え方」が必ずしも正しいものではないということを証明した点で重要である。

 本件の場合、明細書に何ら定義しなければ、引用された文献を回避できた可能性もある。(クレームの文言解釈は、まず通常の意味が与えられる。そして、明細書でそれと異なる定義をしていなければ、通常の意味が与えれる。対象の特許では、「Motorized Sports Boat」というクレームの文言に通常の意味よりも広い定義が与えられた。) しかし、はじめからクレームの文言を狭く定義したくはない。そこで、いかにこのような問題を回避すべきであるかを以下に検討する。

 まず、本件では、明細書におけるクレームの文言(Motorized Sports Boat)の定義が広すぎたためにそのクレームの文言が引用例(釣り舟ともとれるボート)を含んでしまった。そして、出願人が(本願で本来意図していたと思われる)スポーツボート(Motorized Sports Boat)と、釣り舟等のその他のボートが同レベルの物であるように明細書で記載してしまったために、引用例の釣り舟とも取れるボートと本願の「Motorized Sports Boat」との差異を主張できなかったわけである。

 考えられる対策として、クレームの文言を広く定義しても、後でその本来の定義を主張できるように対処することで、広い定義に対し引用例が引用されても、その引用例を回避することができるのではないか。

 例えば、クレームの文言を明細書で定義するとき、本願のように「ボートはキャビンを有し、その長さが約20〜50フィートである」定義し、さらに、クレームの下位概念のように、「ボートはSports Boatである場合、特に効果がある。」といったように定義することで、今回のような引用例との差異を出せるのではないか。このように記載することで、単なるボートとスポーツボートが同レベルの物ではないことを示すことができる。仮に釣り舟のようなボートが引用されても、本願がスポーツボートである点を主張することで、引用例と差異を出すことができる。この主張により、本来のスポーツボートの意味に限定できるのではないか。(この場合、プロセキューションエストッペルにより、クレームはスポーツボートに限定される。) 

 また、明細書で定義するだけでなく、クレームでも「Boat」と「Motorized SportsBoat」の2つ以上のクレームを作っておくことで、今回のような問題を回避できたはずである。つまり、少なくとも、「Motorized Sports Boat」のクレームに基づいて、魚の保持部を持つボートと「Motorized Sports Boat」が異なる物であると主張できたはずである。(クレームディファレンシエーションの理論:2つ以上のクレームがあれば、それぞれのクレームは異なる請求の範囲を有する解釈されるという理論)

 ただ、裁判所がこのクレームディファレンシエーションの理論を認めない可能性もあるので、その場合の対策を打つ必要がある。2つのクレームを作っても、やはり、前述の様に明細書に「ボートはキャビンを有し、その長さが約20〜50フィートである」定義し、さらに、クレームの下位概念のように、「ボートはSports Boatである場合、特に効果がある。」といったように定義することで、ボートとスポーツボート(Motorized Sports Boat)は同レベルのものではない点を記載しておくことが必要になってくる。これにより、両者は同レベルものではなく、下位概念である「Motorized Sports Boat」に特許性があると主張することができる。

 以上の述べた対応策は筆者の提案であるが、この対応策は判例に基づくものではないため、確実に本件のような場合の対策になるかはまだ不明である。しかしながら、何らかの対策を打つことで、訴訟で反論できる種を作っておくことが大切である。

 本論文は、具体的な法的アドバイスをするものではなく、一般論を述べたものです。事実関係により、この判例はケースバイケースで適用されるため、具体的事例については、米国弁護士の鑑定をとる必要があります。また、本論文から生じた一切の損害には責任を負いかねますのでご留意ください。



今泉 俊克(いまいずみ としかつ)
 米国特許弁護士。1962年、東京都出身。1985年中央大学理工学部電気工学科卒業後、1985年-1995年(株)リコー法務本部勤務。1995年-1998年駐在員としてRicoh Corporationに勤務。(ワシントンDC駐在) 1997年米国Patent Agent Exam合格(Limited Recognition)。2001年 Franklin Pierce Law Center卒業(Juris Doctor取得)。現在、Rader, Fishman & Grauer PLLC (ワシントンDC)で、主に特許出願手続き、意匠出願手続き、特定分野の判例の調査、法案の調査、判例に基づく米国出願用英文明細書の作成を行っている。2003年2月ワシントンDCの司法試験に合格。趣味:カニ釣り、下手なゴルフti@raderfishman.com