第6回 明細書には記載したがクレームしなかった主題の均等論適用について


Johnson & Johnson v. R.E. Service Co.事件


[本判決のポイント]

 特許の明細書には開示したが、クレームしなかった主題は、公衆に公開(提供)したことになり、後に均等論により取り戻すことはできない。本判決とコンフリクトするYBM Magnex事件の決定をオーバールールする。


[背景]

 本件は、銅箔の薄いシートを絶縁体シートに重ね合わせた回路を作る技術に関するもので、従来は人手により銅箔を絶縁シートに重ね合わせていた。しかし、手作業によるため銅箔が破損しやすいと言う不具合があった。そのため、今回の問題特許では、アルミニウム基板に銅箔をのせ、アルミニウム基板とともにその銅箔を絶縁体シートに重ねあわせることで、オペレーターよる銅箔の破損を防ぐというものであった。しかし、本件特許明細書中には、クレームではアルミニウム基板のみが限定されていたが、明細書中には、アルミ以外の金属、たとえば、ステンレス、ニッケル合金でもよい旨記載されていた。

 RESは、アルミの代わりにスティールを基板に使用し回路を製造していたため、Johnson & JohnsonはRESを地裁に特許侵害で訴えた。

 RESはサマリージャッジメントを地裁にファイルし、先例であるMaxwell v. J.Baker事件に基づき、Johnson & Johnsonは他の金属をクレームしておらず、クレームしなかったSteelの基板に関しては公衆に開放あるいは提供(Dedicate)したものとみなされ、均等論は適用されず侵害しないと主張した。これに対し、Johnson & Johnsonは、これもまた先例であるYBM Magnex v. Int'lTrade Commission事件に基づき、公衆に開放した訳ではなく均討論は適用される主張した。地裁は、Johnson & Johnsonはクレームしなかった主題を公衆に開放したわけではないとし、RESの主張を退けた。最終的には、陪審員は文言侵害はないが、均等論による侵害(故意侵害)と評決を下した。

 RESはこれを不服としてCAFCにアピールをファイルした。


[CAFCの判断]

 CAFCは、故意にクレームされない主題を明細書に開示し、あとで、均等論でその主題を取り戻す(Recapture)よう均等論を適用することは、特許の排他的権利の範囲を定めるクレームの本来の目的と相反することになるとし、さらに、特許権者は、審査を避けるため、発明を狭くクレームし、特許が発行したあとで、特許侵害を立証するために、均等論を主張することはできないとした。さらに、CAFCは、これを認めると、出願人は幅広い開示をし、広いクレームの審査を避けるため、狭いクレームをファイルするといった行為を助長させることになりうると判断。Maxwell事件で示されたルール(明細書に記載したがクレームしなかった主題がクレームした課題とまったく異なる場合には均等論を主張できないと判断したケース。)を適用することにより、そのような、行為を抑制することができると述べた。(審査官が正しく審査したクレームの範囲を越えて排他権を特許権者に与えるといったことを避けることができる。)

 本件では、Johnson & Johnsonはアルミシート基板をクレームし、明細書に記載される他の金属についてはクレームしていなかった。この様に、Johnson & Johnsonは、明細書に開示したがクレームしなかったスチール基板に均等論を適用できると主張することはできないとCAFCは判断した。

 本件判決とコンフリクトするYMB Magnex事件の点については、本件でオーバールールする。


[結論]

 以上のように、地裁の均等論による侵害、故意侵害の判断を覆す。


[筆者コメント]

 今回の判決では、特許侵害を心配する者にとって、非常に明確なそして有利な判決といえよう。例えば、侵害性鑑定時、競合会社は、問題となっている主題が明細書に記載されいるがクレームされていなければ、そのクレームとの均討論を考慮する必要はないことになる。また、特許権者の競合会社にとっては、確実に文言侵害、均等論による侵害を避けることのできる手段を特許が提示してくれていることになる。つまり、特許明細書に記載されクレームされていない実施例があれば、それを使う製品を作れば、文言上および均等論による特許侵害をさけられることになる。また、すでに製品ある場合、明細書に記載されクレームされていない実施例に沿って設計変更をすればよいことになる。

 これに対し、特許権者としては、明細書に開示した実施例は漏れなくクレームにあげることを心がけなければならない。明細書作成時、できるだけ実施例を盛り込んだとしてもクレームされていなければ、今回のように公衆に開放したと判断されることになる。これをさけるには、全ての実施例を網羅する広い、クレームを作ることで対応できる。つまり、実施例がクレームからもれないよう今まで以上に注意を払う必要がある。また、クレームが許可された場合でも、再度、明細書に記載されている実施例がクレームでサポートされているかを確認することが必要になってくるだろう。もし、サポートされていなければ、継続出願をファイルすることもできる。また、特許が発行されてしまった場合でも、2年以内であればクレームの範囲を拡大するReissue出願をファイルすることもできる。



今泉 俊克(いまいずみ としかつ)
 米国特許弁護士。1962年、東京都出身。1985年中央大学理工学部電気工学科卒業後、1985年-1995年(株)リコー法務本部勤務。1995年-1998年駐在員としてRicoh Corporationに勤務。(ワシントンDC駐在) 1997年米国Patent Agent Exam合格(Limited Recognition)。2001年 Franklin Pierce Law Center卒業(Juris Doctor取得)。現在、Rader, Fishman & Grauer PLLC (ワシントンDC)で、主に特許出願手続き、意匠出願手続き、特定分野の判例の調査、法案の調査、判例に基づく米国出願用英文明細書の作成を行っている。2003年2月ワシントンDCの司法試験に合格。趣味:カニ釣り、下手なゴルフti@raderfishman.com