笑いの本質と笑う知財  (Vol.1-8)

 近ごろの世相は、笑いが少なく、「草臥(くたびれ)」である。江戸時代の大名細川忠利が、『綿考輯録』の中で嘆いた。「下々の草臥にて候。天下の大病(借金地獄のことである)非道なる。」宮崎克則氏の「逃げる百姓、追う大名」(中公新書)を読んでいて触発されたわけではないが、地球サイズで、まさに、「草臥」である。

 細川忠利の「草臥」時代には、新田開墾と不良債権処理が行われたらしい。地球サイズの「草臥」時代にはどうすべきか。やはり、科学技術のフロンティアを開墾することに期待したい。

 科学技術にはいくつかの大きな流れがある。インターネットに代表される情報技術が第一の流れだとすれば、ゲノムからバイオインフォマティックスをへて、プロテミックスに至るのが第二の流れになる。その流れの中で、ナノテク領域で活躍する建設業が創業されることになれば、素材革命とエネルギー革命が同時に進行するはずであるから、期待の大きい第三の流れになる。若干遅れぎみであったが、最近急速に成長しているのがロボティクスである。製造ラインでの利用から人間型の生活環境へと進出し始めた。その先にはメンタル・ケアの未踏領域がある。その中の「笑い」の領域には期待したところである。五感を越えた、極めて原始的な感情表現の領域にあるはずの、笑いのアルゴリズムは、未だに、科学技術の伏流水(地下を流れる見えざる川)にとどまっている。米国の巨大なコンピュータ企業の中では十数年も前から研究されているはずであるが、いまだに飛び出してこない。

 笑い本質を語るのは決め手がないから危険である。アルカイック・スマイルの時代よりも古くから、さらに、ニーチェなどの哲学者、桂門下の落語家の本に至るまで、語れば切りがないほど無数の諸説がある。しかし、日本医科大の吉野教授の研究や、ロマリンダ大学のバーク教授の論文を見ると、ストレスとの対質として、笑いの本質が現実味を帯びてくる。笑いは、リューマチの痛みを和らげるらしいし、ヒトの免疫力を高めるらしい。ちょいと、調べてみたら、「ユーモア治療学会」、「ユーモア・セラピー学会」など色々登場してきている。巨大なコンピュータ企業も後押ししている。ついでに、「日本笑い学会」の活動を見てみた。3時間も笑いつづけると笑いの本質が見えてくるらしい。「ウキウキ」、「ニコニコ」から始まって、笑いつづけたらどこにたどり着くのか、試してはどうだろう。

 知財の観点からすれば、「笑う知財」は無形資産の奥底にある。著作権、意匠、実用新案の範囲においては、一部その権利化が行われている。しかし、その多くは、笑いの「取れる」アイディアであり、「珍」発明であり、ユーモア大賞のカテゴリーである。少し視点を変えてみると、「苦笑い」のカテゴリーも登場してくる。例えば、コピー商品の疑いがある「brosister」という中国製ミシンなどである。では、本命の笑いのアルゴリズムについてはどうなっているのか。大手通信企業の中で組織的に研究されている感性伝達の研究成果があるらしい。もっと、がんばって欲しい。笑いの本質は、常識の知を逸脱したところにあるという説もあるから、特許法の網の下にかかるものも登場してくる可能性は大きい。特許マップの空白領域に「笑う知財」のピンポイント攻撃ができることを期待している。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。