知財ゴミと合成の誤謬  (Vol.1-10)

 使ってしまった研究開発経費を単に累積してできた、その数字を知的ストックというのであれば、日本は知的ストックの大国である。しかし、研究開発従事者一人あたりにして見れば、米国の半分にも満たない。最近の企業調査によれば、研究開発の成果であるはずの知財の内、現在使っていない知財が全体の64%もあるという。知財の中で合成の誤謬が生じているのではないかと懸念する。

 合成の誤謬とはなにか。例えば、各社がこぞって、不実施の特許を棚卸したとする。知財ゴミがたくさん出てくる。ポイ捨の基準は、あくまでも、個別企業の合理的な判断に基づく。しかし、日本社会には、似たようなことをしていれば安心できる雰囲気が未だに残っている。それゆえ、知財ゴミをポイ捨てることが流行になる。そして、しばらくたつと、社会全体の収斂結果が見えてくる。多くの場合、捨てすぎの状態、つまりは、資産のオーバーキルが生じる。合成の誤謬というのは、個別のレベルでは正しい判断であるが、それらを寄せ集めてみると、全体としては失敗につながるような結果をもたらし、その失敗がさらに個々の環境を悪化させるというものである。そうなると、適正な水準で知財ゴミを溜め込んでおく必要があるということになる。あるいは、知財ゴミのリサイクル業者が必要になる。

 そこで、この話を良く考えてみよう。仮に、ポイ捨てが正しい経済行動だとする。次の時点において、研究開発の成果が増えたとする。あるいは、社外から知財を購入してきたとする。再度、知財のポートフォリオを最適な状態にする。すると、新しい知財ゴミが出てくる。ポイ捨てと研究開発が連動していれば、さらに、社会全体の知財の動向を見て資源をリサイクルするような公的な機関があれば、合成の誤謬から生じるリスクを回避することができるかもしれない。しかし、それでも、巨額の合成の誤謬が発生する。例えば、国全体の技術貿易の赤字黒字は、合成の誤謬のマクロ指標である。家電や自動車は海外への生産拠点シフトで黒字化している。医療関係も許認可や販路のコストが高いため構造的に黒字になっている。しかし、外食、テーマパークなどサービス業は米国系の天下で赤字が加速している。ゲーム業界も含めソフトウエアも赤字である。その結果、国全体としては巨額の赤字(知財の購入)が累積する。この十年で4兆円以上の流失になる。同時に、国の研究開発費も増大している。そして、個々の企業においては、知財が刷新され、古い知財が捨てられる。この状況を作り出す原因は、知財の使い道である社会ニーズが変化しすぎるからであるという。社会ニーズの先行きを見誤っている者が多いからであるという。果たしてそうなのであろうか。

 合成の誤謬との関連でいえば、独禁法との兼ね合いも生じるが、クロスライセンス契約やパテントプールの動向も一つのミクロ指標となる。現在時点で蓄積している知財の最適活用にとどまらず、将来に渡り研究開発の技術系譜が継続する場合、特に、ソフト産業や電気機械・通信関係にこの傾向が強くなるが、クロスライセンスが合成の誤謬によるマイナス効果を軽減する役割を持つ。特に、グラントバックやランニングロイヤルティ付きの相互実施許諾契約は資産のオーバーキルを防ぐ。製薬関係でも範囲の経済性を考慮してクロスライセンスが増える傾向にある。また、半導体関係でも包括クロスライセンスが活発である。知財の合成の誤謬を防ぐための努力がなされているのであろう。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。