知財の消散 (Vol.3-4)

 知財の消散(Dissipation)とは、技術流失による損失、隣接知財から侵害、模倣品による被害を意味する。異論があるとは思うが、もう少し欲張って、標準化、技術普及過程における陳腐化による影響を含むものとしよう。大切に育ててきた研究の成果が、あたかも、放蕩息子のごとくになってしまう場合も含まれている。

 この種の問題にいかに対処すべきか。「技術流失」の問題に的を絞って話を進める。例えば、ある企業の研究所に所属していた団塊の世代のA氏が早期退職をする。その企業と競合関係にあった企業が事業の撤退を図り、技術畑で働いてきたB氏がリストラにあう。その隣の企業では、社長賞をもらったこともある個性の強い発明家C氏がヘッドハンティングされる。そして、幾ばくかの時間が経過した。A氏もB氏もC氏も、同僚として、外国のZ社で仕事をしている。このような技術の傭兵部隊が数百、数千と活躍をする状況になってくる。すると、国内では、国際競争力の確保という御旗の下、人材の流動化による期待が反転して、技術流失が死活問題として取り上げられるようになる。

 なぜこのようなことになるのか。豊富で優秀な人材が企業の中から巷に溢れだしているからである。職業の選択には自由があるからである。そして、国益という理念を持たない世代が増えたからである。このような状況の中にあって、社内の倫理教育を強化しようとか、個別に技術顧問契約を交わして対処しようというレベルから始まって、米国武器輸出管理法AECA scm120-130に類した方法で特定分野を法的に管理しようという論議まで登場する。困ったものである。

 敵対関係が深刻になれば裁判手続きに基づく訴訟も行われそうだが、法廷の場で技術情報やノウハウが開示されることを嫌う企業はそのような選択肢を避ける。協調と発展の関係に切り替えたいのであれば、調停・仲裁の合意プロセスに載せて、国際的なパテントプールを含む知財・技術のアライアンスを形成すれば良いのだろうが、そのような交渉能力を持った人材は偏在しており、かつ、数も少ない。したがって、一般には、技術流失の問題は完全にお手上げの状態に陥る。

 しかし、面倒くさいが、具体的に考えてみるべき方法が一つある。まず、企業は、退職者を含むスピンアウト人材との間に秘密保持契約を交わす。その中にADR(Alternative Dispute Resolution)条項を明記する。それに基づいて、定期的な調査を実施して、当該の技術がハイレベルの機密事項に据え置かれているのか、あるいは、調停・仲裁の対象分野に変更されたのか、あるいは、無害のものとして秘密保持契約がはずされたのか、こまめに対象者と連絡を取ることによって、予防的アクションを講じる。危機管理において重要なのは、双方が共通の情報を共有することであり、共通の土俵の上に存在しているということを明確にすることなのである。同様なことは、共同研究開発契約、リーチスルー契約、請負契約、顧問契約などの場合にも該当するだろう。

 知財の消散問題は、永遠の課題の一つである。真似は人間の本質である。忘れることも人間の本質である。話したくなることも人間の本質である。そして、知財の繋がりを利用することも人間の本質である。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。