知財の路線価 (Vol.3-6)

 路線価の背景には、一物多価という世界がある。知財の価格を決定する要素は、大胆にまとめてしまえば、期待に対する乗数と境界に対する乗数の二要素に尽きる。この二つにまたがるのが時間軸である。例えば、知財の一部には生もののように足が速く腐るものがある。あまりにも陳腐化が速いと資産の持つ良さが消えてしまう。もう一つ、これらの要素にまたがるのが路線軸である。道路と土地の関係であっても良いし、あるいは、計画と土地の関係であっても良い。この場合、路線とは、焼き鳥の串のような存在であると考えれば良いのである。

 しかし、知財の路線を具体的に特定するのは意外と難しい。仮に、特許という境界領域を考えてみる。IPC分類で集計された路線価、技術保有者、あるいは、技術利用者のSIC分類で集計された路線価、少なくとも、このようなアイディアはだれでも考えるだろう。果たして、それが役に立つのか。土地の場合、租税システムと連動しているから路線価は存在価値を持っている。今のところ、知財の場合、経費控除などの既設のシステムは部分的に存在しているが、知財税などという体系的なシステムは作動していない。知財の路線価が必要になるのは、訴訟事案に直面した裁判官、ライセンスのベンチマークを見つけたい流通業者、知財の派生商品でファイナンス・リスクを軽減したい金融業者、この程度であろうか。いや、もしかすると職務発明の個別案件に忙殺されそうになっている知財経営の担当者も手をあげるかもしれない。

 少し話題を路線価に戻そう。今、IPC分類、あるいは、SIC分類を一次路線価としよう。それを加工して、二次路線価を作る。例えば、知財経営を積極的に実施しているか否かを類型化して、知財経営の路線価を作るのである。研究開発費の多寡を類型化して、R&Dの路線価を作るのも良い。特許成立後の経過期間を類型化して、価値半減期の路線価を作るのも良い。このような応用的アイディアは始めのヒントさえ知れば、次々といくらでも作れるだろう。自分から近いものをコア知財として類型化すれば、周辺知財の路線価が求められるかもしれない。ライセンサーとライセンシーの組合せを工夫すれば、大企業ブランドの路線価も推論できるだろう。

 問題は、それらの路線価が安定した適正な情報として使えるのかという点である。むろん、個別の路線価は振れ幅を持っていても良い。その情報から最も尤もらしい推論ができれば良いのである。仮に、IPC分類のバイオ・食品のライセンス料の路線価が3.93%であり、同様に有機材料の路線価が2.07%であったとする。また、SIC分類の医薬品製造業の路線価が4.25%であり、電気機械器具製造業の路線価が1.88%であったとする。なぜこれらの間には、倍の開きがあるのか。この差の原因を推論できれば良いのである。あるいは、自らが保有・使用している知財の最も尤もらしい価格がなぜ路線価から外れているのかを知ることができれば良いのである。

 そこで、路線価と二つの乗数の関係について、難しくならない程度に部分的に説明しよう。今、特許価格を査定することに直面する。追加的開発費用がかかれば、その特許の価格が下がる。また、その特許の残存期間が長ければ、その価格が高くなる。このように単純に考えてみる。この場合、境界というのは、追加的開発費用や残存期間のことである。境界の乗数というのは、理想的な状況にたどりついたとき、価格はどの程度変動すると見込まれるのかという比率のことである。ちなに残存期間が最大になると価格は約30%程度高くなる。追加的費用がなくなれば価格はさらに加算されて約18%程度高くなる。などという推論を行うための道具である。他方、期待の乗数というのは、境界の条件がどの程度外れていくのか、あるいは、拡大していくのかということを表現する数値である。例えば、残存期間の場合、1年物よりも3年物の方が14%程度高く、3年物よりも5年物の方がさらに9%高い。というように、境界条件が外れることによって得られる利益の増分を現す乗数である。

 この二つの乗数を加味して路線価を分解してみると、最悪の条件の路線価が得られる。最も尤もらしいレベルでは、価格ゼロになるはずである。しかし、一般には、残価が発生してしまう。これは推論上の誤差なのであろうか。それとも、価格を決める現場に参加している者たちが、見えざる能力を使って何か不思議な判断を行っていることを見落としているのであろうか。というわけで、知財の路線価に関する研究は始まったばかりなのである。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。