各国の知財の強制実施 (Vol.3-8)

 知財は私益と共益のバランス感覚の上になりたっているはずである。日本の感覚がどのような状態になっているのかは読者の判断に任せることとして、強制実施という側面から見た場合、諸外国のバランス感覚がどのように形成されているのかを考えてみよう。審議会で用いられたいくつかの資料から拾い集めて紹介する。

 米国には、強制実施を認める一般的な規定はない。しかし、私有財産を公共の用に供する場合として、連邦政府による強制実施権に関する規定(政府使用28 U.S.C. §1498及び介入権35 U.S.C. §203)がある。また、原子力エネルギー法(42 U.S.C. §2183)、大気汚染防止法(42 U.S.C. §7608)、植物新品種保護法(7 U.S.C. §2404)、半導体集積回路保護法(17 U.S.C. §907)、テネシー峡谷開発公社法(16 U.S.C. §831r)にも規定がある。では、公共の用とはなにか。明確な事例では、対象となる国民の数、例えば、50万人以上の健康と生命に関わる問題であるとされる場合である。

 ドイツでは、特許法第24条において、適正な対価の支払及びそれについての担保の提供を申し出ている他人に対してその発明の使用の許諾を拒絶している場合において、公共の利益という条件が満たされるのであれば、強制実施権が付与される。では、適正な対価とはなにか。その判断は難しい。インターフェロンγに関する事案では裁判所の判断が揺れ動き極めて不鮮明な結果となった。

 フランス知的財産権法では、司法機関による強制実施権(特許の付与から3年間不実施の場合、公共の利益のため改良に関する特許の所有者に対する場合、半導体技術の分野で公共のためあるいは反競争的と宣言された慣行を改善する場合)と行政機関の職権による裁定実施権(公衆衛生上必要な場合[公衆が医薬を量的若しくは質的に不十分にしか入手できない場合、または、異常に高い価格でしか入手できない場合]、国家経済及び国家防衛の必要を満足させる場合)が規定されている。改良技術に関する点まで踏み込んだバランス感覚(累積的技術進歩への期待)が求められるのだが、今後、クローン技術などに関しては生命倫理問題との噛み合わせが悪くなるのではないかと懸念する。

 EU共同体特許条約(CPC 45-47)には、強制実施権に関する規定がある。例えば、意匠権や著作権の所有者がライセンス拒絶を行う行為が、市場における優越的地位の濫用を禁止する共同体条約第82条に当たるかが争われた事例がある。

 中国では、特許法(14条,48条〜55条)及び特許法施行細則(第72条〜第73条)に規定されている。かつ、詳細な手続を規定した国家知的財産権局局長令(特許権の強制実施権に関する弁法)が制定されている。国家又は公共の利益に重大な影響力を持つと予見された場合に、行政府が機動的に介入しやすいように組み立てられている。

 韓国の特許法には、所定の要件に該当する場合に特許権者の意思に関係なく第三者に通常実施権を付与する規定がある。その所定の要件とは、不実施の場合(正当な理由もなく継続して3年以上国内で実施されなかった場合)、不足実施の場合(正当な理由なく継続して3年以上国内で相当な営業規模を達成できない、あるいは、適正な条件で国内需要を満たすことができなかった場合)、公共の利益の場合(公共の利益のために非商業的に特許発明を実施する必要がある場合)、不公正取引の是正の場合(司法又は行政手続きによって不公正な取引行為と判断された事項を是正するために、特許発明を実施する必要がある場合)。では強制実施判断の背景にはなにがあるのか。例えば、堕胎薬としての用途が認められる限り医薬品として製造・輸入の品目許可を得て韓国内で実施するのは難しいという判断がなされた。つまり、社会的タブー、あるいは、世論風潮に照らし合わせた儒教的バランス感覚が求められているのである。

 各国に共通している点は、慎重論である。私益のかたまりを増やすことが期待できるのであれば、あえて、強制実施権を発動しないのである。所在の不鮮明な公益を確保することよりも、鮮明な私益の主張を尊重するのであろうか。



菊池 純一(きくち じゅんいち)
 知財評論家。長年知財価値の勘定体系はどうあるべきかを研究してきた某大学の教授。1951年生。