前回のコラムでは,最近の知財業界における求人・求職の状況について考えました。
そして,求人広告では,自分たちを必要以上によく見せるのではなく,自分たちのことを求職者によく知ってもらうことが大切なのではないか,と書きました。よく見せるのではなく,よく知ってもらう。
では,求職者は,求人広告から何を知りたいのでしょうか。
パテントサロンでは,これまで求職者を対象にアンケートを実施し,求人広告についてさまざまな意見をいただいてきました(※参考:回答の一部)。
今回は,これらの回答や,求人広告掲載者からいただいた話などをもとに,求人広告にどのような情報を掲載するとよいのか,具体的に考えてみたいと思います。
給与額を掲載する
最初に取り上げたいのが,給与です。
パテントサロンに寄せられた求職者アンケートの回答を見ると,給与に関する具体的な情報を求める声が数多くあります。
たとえば,
「具体的な報酬額」
「給与について,特に幅がある記載の場合は,経験と給与の目安を具体的に」
「賞与の目安」
「毎年の賃上げ平均額」
「給与体系について,目安などを載せてほしい」
「初任給の目安とその後5年くらいの年収の推移」
「給与の最低額」
「参考年収」
「最低限の年収,年収モデル」
といった回答です。
単に「給与について知りたい」というだけではありません。自分がその事務所や企業に入った場合に,どのくらいの給与になるのか。そして,将来どのくらいの給与になる可能性があるのか。そこまで知りたい,ということだと思います。
求人広告では,
「給与は経験,能力,前職給与等を考慮して決定」
「当所規定による」
といった記載もよく見かけます。もちろん,このような書き方になる事情はあります。
特許事務所の場合,同じ経験年数であっても,明細書作成能力,技術分野,外国案件の経験,顧客対応力,語学力,弁理士資格の有無などによって,提示する給与額が大きく異なることがあります。そのため,一律に給与額を書くことが難しい場合があります。
しかし,求職者から見ると,
「では,自分の場合はいくらになるのだろう」
という一番知りたいことが分かりません。
実際,求職者アンケートには,「前職給与を参考に当所規定により決定」では具体性に欠ける,という趣旨の回答があります。
また,給与額が見えないため応募しづらく,結果としてどの事務所も横並びに見える,という趣旨の回答もありました。これは,とても重要な指摘だと思います。
給与額を掲載したら応募が来るようになった
パテントサロンでは,求人広告掲載者から,こんな話を直接聞いたことがあります。
求人広告を掲載していても,それまでまったく応募がなかった。そこで,求人広告に具体的な給与額を掲載した。すると,応募が来るようになった。
このような話を数件聞いています。もちろん,これは統計的な調査結果ではありません。また,給与額を掲載すれば必ず応募が来る,ということでもありません。求人広告の効果には,仕事内容,勤務地,技術分野,経験要件,働き方など,さまざまな要素が関係します。
それでも,求職者アンケートで給与額に関する具体的な情報を求める声が多くあり,実際に給与額を掲載した後に,それまでなかった応募が来るようになった事例も複数ある。
この二つを考えると,給与額を具体的に掲載することには,応募を後押しする効果が期待できるとパテントサロンでは考えています。
どのように給与額を掲載するか
では,給与額をどのように書けばよいのでしょうか。
もちろん,
「月給○万円」
「年収○万円」
と明確に決まっているのであれば,その金額を掲載することができます。しかし,実際の採用では,応募者の経験や能力によって提示額が変わることも多いでしょう。
その場合には,たとえば,
「想定年収500万円〜900万円」
のように幅を持たせる方法があります。
さらに,
「経験,専門分野,実務能力,外国案件経験等を考慮して決定します」
と説明することもできます。
ただし,単に幅を広くすればよいわけではありません。
たとえば,
「年収400万円〜1,500万円」
とだけ書かれていても,求職者は自分がどのあたりになるのか分かりません。
そこで,アンケートでも要望があったように,経験と給与の関係を示したり,年収モデルを掲載したりする方法があります。
たとえば,
「実務経験3年程度 年収○万円程度」
「実務経験5年程度 年収○万円程度」
「弁理士・経験者 年収○万円〜○万円」
などです。
実際の所員の例を掲載できるのであれば,
「入所○年目,○歳,年収○万円」
といった年収例も,求職者が自分の将来を考えるための参考になります。
賞与,昇給,資格手当,成果給などがある場合には,それらについても説明すると,さらに給与の全体像が分かりやすくなります。
大切なのは,数字をたくさん並べることではありません。求職者が,「自分の場合はどのくらいになりそうか」を考えられる情報を提供することです。
給与額を掲載するデメリットもある
ここまで読むと,
「それなら給与額は必ず掲載した方がよい」
と思われるかもしれません。
しかし,給与額を公開することには,デメリットもあります。
まず,現在働いている所員との関係があります。求人広告に掲載した給与額を現在の所員が見たときに,自分の給与との違いを感じることがあるかもしれません。
また,給与水準を競合する事務所や企業に知られることになります。
採用したい人の能力によっては,求人広告で想定していた金額を超える給与を提示することもあるでしょう。そのような場合,求人広告に記載した上限額が,かえって応募を妨げてしまう可能性もあります。
人によって給与額が大きく異なる事務所では,そもそも分かりやすい給与レンジを設定することが難しい場合もあります。
したがって,給与額を掲載することには,メリットだけがあるわけではありません。
パテントサロンでは,求職者アンケートの回答や,これまで求人広告掲載者から聞いてきた事例などから,できるだけ具体的な給与額を掲載することをおすすめしています。
しかし,それぞれの事務所や企業には,それぞれの事情があります。メリットとデメリットの両方を考えたうえで,最終的に給与額を掲載するかどうかを決めるのは,それぞれの事務所や企業の経営者です。
高い給与を書くことが目的ではない
もうひとつ,大切なことがあります。
給与額を掲載することは,高い給与を提示することと同じではありません。求人広告の目的が,応募者をできるだけ多く集めることだけであるなら,高い給与を強調した方がよいのかもしれません。しかし,このコラムで目指しているのは,そこではありません。
求職者が,自分の希望する給与と合っているかどうかを,応募する前に判断できるようにする。そのために給与額を掲載するのです。
給与額を見て,
「自分の希望とは合わない」
と考えて応募しない人がいるかもしれません。
それでよいのだと思います。
前回のコラムでも書いたように,自分たちに合わない人が応募しないことは,必ずしも求人広告の失敗ではありません。むしろ,採用した後に「思っていた給与と違った」というミスマッチが起きることを防ぐことができます。
ここでも大切なのは,よく見せるのではなく,よく知ってもらう。ということです。
「リモート勤務可」の,その先を書く
給与以外にも,求職者アンケートにはさまざまな要望が寄せられています。特に目立つのが,在宅勤務やリモートワークについてです。
「在宅勤務制度があるか」
だけではなく,
「週に何日利用できるのか」
「フルリモートは可能なのか」
「遠方から勤務することはできるのか」
「入所直後から利用できるのか」
「実際に在宅勤務をしている人はどのくらいいるのか」
といった情報を知りたい,という声があります。
求人広告に,
「リモート勤務可」
と書かれていても,その意味は事務所や企業によって異なります。
週1日だけ在宅勤務ができる場合もあれば,週の大半を在宅勤務にできる場合もあります。一定期間勤務した後でなければ利用できない場合もあるでしょう。求職者にとっては,これらは大きな違いです。
「リモート勤務可」と書くだけではなく,実際にはどのような働き方ができるのか。そこまで書くことで,求職者は自分がそこで働く姿をより具体的に想像できます。
同じことは,フレックスタイム,勤務時間,残業,休日,副業,業務委託などについても言えます。
制度の名前だけではなく,実際の運用が分かる情報があると,求職者にとって非常に参考になります。
「仕事内容」を,働く姿が想像できるところまで書く
仕事内容も重要です。
「国内外の特許出願業務」
「機械,電気,化学分野の特許業務」
もちろん,これらも必要な情報です。しかし,もう一歩具体的に書くことができます。
求職者アンケートには,
「入所後に取り組む仕事の具体的イメージが分かるとよい」
という趣旨の回答があります。
たとえば,
「入所後,まずは中間処理を担当してもらいます」
「先輩弁理士と一緒に発明検討会に参加してもらいます」
「特許データベースを使用した先行技術調査も担当してもらいます」
などです。
技術分野についても,「機械」と書くだけでなく,どのような技術を扱っているのか。国内案件,内外案件,外内案件は,それぞれどの程度あるのか。どのような顧客が多いのか。英語を使う仕事はどの程度あるのか。
こうした情報があれば,「この事務所に入ったら,自分はどんな仕事をするのだろう」という求職者の疑問に答えることができます。
未経験者に「どう育てるか」を伝える
教育体制についても,アンケートでは具体的な情報を求める声があります。
「未経験者歓迎」
「丁寧に指導します」
という記載だけでは,実際の教育体制までは分かりません。
誰が教えるのか。
どのように教えるのか。
OJTなのか,研修制度があるのか。
最初はどのような仕事を担当するのか。
何年くらいで,どの程度の仕事ができるようになることを想定しているのか。
求職者アンケートには,
「何年目までにどのような順序でどのようなことを体験させ,何年後にはどのようなスキルを得た状態が期待されるのか」
といったことを知りたい,という趣旨の回答もあります。
前回のコラムでは,転職後に,
「もっと教育体制が整っていると思っていた」
という話を聞いた例を紹介しました。
求人側では「きちんと教えている」と考えていても,求職者が想像している「教育体制」とは違うかもしれません。教育についても,できるだけ具体的に伝えることで,このようなミスマッチを減らすことができます。
どんな人と,どんな職場で働くのか
求職者が知りたいのは,仕事や待遇だけではありません。
どんな人と働くのか。
どんな職場で働くのか。
これも重要な情報です。
求職者アンケートには,平均年齢,平均勤続年数,職種ごとの人数,離職者数,離職率,残業時間などを知りたいという回答があります。
さらに細かなものでは,
職場は静かなのか。
パーティションはあるのか。
集中して仕事ができる場所はあるのか。
仕事中にイヤホンで音楽を聴くことはできるのか。
朝礼はあるのか。
どのようなPCやソフトを使っているのか。
管理が細かい職場なのか,それとも比較的個人に任されているのか。
といった内容まであります。
求人側からすると,
「そんなことまで求人広告に書く必要があるのだろうか」
と思う情報もあるかもしれません。
しかし,ある人にとっては些細なことでも,別の人にとっては,毎日働く職場を選ぶうえで大切なことがあります。
すべてを書く必要はありません。
しかし,自分たちの職場には,どんな特徴があるのか。一度,求職者の立場から考えてみる価値はあると思います。
入所した「その後」も伝える
求職者が知りたいのは,入所時点のことだけではありません。その事務所や企業に入った後,自分がどのように成長していくのか。どのようなキャリアを歩むことができるのか。これも職場を選ぶうえで重要な情報です。
求職者アンケートには,昇進の要件,典型的なキャリア,資格取得支援,研修,弁理士会費,書籍や講習費用,定年後の働き方などについて知りたいという声があります。給与について「5年後の年収を知りたい」という声があったのも,同じことだと思います。
求職者は,「採用されたらどうなるか」だけではなく,「そこで働き続けたらどうなるか」を考えています。将来の姿を伝えられる情報があれば,それも求人広告に掲載する価値があります。
応募した後のことも分かるようにする
選考についても,できるだけ具体的に書くことができます。
面接は何回あるのか。
筆記試験はあるのか。
試験がある場合,どのような内容なのか。
オンライン面接は可能なのか。
応募から採用まで,どのような流れになるのか。
求職者にとって,応募することには少なからず心理的な負担があります。応募した後に何が起きるのかが分かっていれば,その不安を少し減らすことができます。
また,
「正式に応募する前に,まず話を聞いてみたい」
という人もいます。
この点については,別のコラムで,カジュアル面談や事務所説明会について改めて考えてみたいと思います。
情報は多く,そして大切なことはしっかり伝える
ここまで,給与,働き方,仕事内容,教育,職場環境,キャリア,選考など,さまざまな情報を挙げてきました。
求職者アンケートを見ると,人によって知りたいことはさまざまです。ある人にとっては給与が重要であり,ある人にとっては働き方が重要です。仕事内容を詳しく知りたい人もいれば,教育体制や職場の雰囲気を重視する人もいます。
そう考えると,求人広告に掲載する情報は,多い方がよいと思います。
情報がなければ,求職者はその職場が自分に合っているかどうかを判断することができません。情報があるからこそ,「ここは自分に合っている」「ここは自分には合わない」と判断することができます。
ただし,すべての情報を同じように並べればよい,ということでもありません。
自分たちの事務所や企業には,どのような特徴があるのか。求職者に特に知ってもらいたいことは何なのか。そして,求職者が「自分に合っているか」を判断するためには,何を知ってもらう必要があるのか。
そこを考えて,情報に濃淡をつけることが大切だと思います。
ある事務所では,教育体制が大きな特徴かもしれません。
ある事務所では,働き方の自由度かもしれません。
ある事務所では,専門性の高い仕事かもしれません。
ある事務所では,一緒に働く人たちや職場の雰囲気かもしれません。
基本的な情報はできるだけ具体的に掲載する。そのうえで,自分たちの特徴や,特に知ってもらいたいことについては,さらに詳しく伝える。
良いところだけでなく,人によっては合わないと感じるところも含めて,自分たちのことをできるだけ正しく伝える。
その情報を見て,
「ここは自分に合わない」
と判断する人がいてもいい。
一方で,
「ここは自分に合っているかもしれない」
「この仕事をしてみたい」
「この人たちと働いてみたい」
と思う人がいる。
そういう求人広告の方が,採用した後のミスマッチを減らし,求人側と求職側の双方がハッピーになる可能性が高くなるのではないでしょうか。
求人広告を充実させることの,もうひとつの効果
ここまで,求職者に自分たちのことをよく知ってもらうために,求人広告にどのような情報を掲載するとよいのかを考えてきました。
これは,もちろん,よい採用につなげるためのものです。しかし,求人広告を充実させることには,採用とは少し離れたところにもメリットがあるように思います。
それぞれの事務所や企業が,自分たちの特徴や仕事の内容,働き方,考え方などをしっかり求人広告に掲載するようになれば,一つひとつの求人広告が,その事務所や企業を紹介する小さなパンフレットのようなものになります。
そのような求人広告が求人スクエアに並べば,転職を考えている人だけでなく,「知財業界にはどんな事務所があるのだろう」「それぞれの事務所はどのような考え方で仕事をしているのだろう」と興味を持つ人にとっても,有益な情報になると思います。
実際,本来の求人活動とは少し離れますが,求人広告に書かれていた事務所の考え方に興味を持った人から,特許出願の依頼について問い合わせがあり,実際に仕事の依頼につながった,という話を聞いたことがあります。
そして,もうひとつ。
自分たちの特徴や考え方を求人広告に書こうとすれば,
「自分たちの事務所は,どのような事務所なのか」
「仕事をするうえで,何を大切にしているのか」
「どのような人に来てもらいたいのか」
「これから,どのような事務所にしていきたいのか」
といったことを,あらためて考えることになります。
普段はなんとなく共有されていることを,求人広告を作ることをきっかけに言葉にしてみる。それによって,自分たちの特徴や考え方がより明確になり,それが現在働いている所員にも伝われば,事務所として何を大切にしているのかを共有する機会にもなります。
求人広告を作ることが,よい人を採用するためだけではなく,自分たちの事務所についてあらためて考える機会にもなる。そんな効果もあるのではないかと思います。
求人広告だけでは伝わらないこともある
求人広告掲載者を対象としたアンケートでは,求人広告に加えて事務所紹介PDFへのリンクを掲載したことが採用につながった,という回答もありました。求人広告の決められた項目だけではなく,自分たちについてもっと知ってもらうための情報を提供する。これも,「よく知ってもらう」ためのひとつの方法です。
そして,文章や写真を使って詳しく説明しても,それだけではなかなか伝わらないことがあります。
事務所の雰囲気。
そこで働いている人の表情や話し方。
経営者がどのような人なのか。
どのような場所で仕事をしているのか。
文章で「明るい職場です」「風通しのよい職場です」と書くより,実際の様子を見てもらった方が伝わることもあります。
そこで次回は,
「紹介動画」
について考えてみたいと思います。
求人広告の文字情報だけでは伝えにくいものを,動画を使ってどのように伝えることができるのか。
パテントサロンでの取り組みも含めて紹介したいと思います。
(つづく) |